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椿
『漢字三音考』を眺めて  米子市 大原 啓道
2024/07/02
活動レポート

『漢字三

音考』を眺めた! 眺めたのであって、読んだのではない。つまり、私には、手に負えない著作だと云う事だ。

 

この作品は、本居宣長全集の第五巻に所収してある。幸いこの全集は昔、買っていた。まず、目録を探してから、五巻を書棚から引っ張り出してみた。

頁を出してみると、カタカナ混じりの文章で、私には、とても読みづらかった。だから、とても歯がたたないと諦めて、ただ、頁をめくり、眺めたという次第だ。

 

眺めているだけでも、「漢」とか、「呉」とか「唐」という字が、たくさん眼に 入ってきた。それらから想像したのは、漢字の「音」が、それら三つの時代の歴史の変遷を経て、生成して来た事の考察が、この文章の趣旨かなと云う空想だった。

著作の最後は、こんな言葉だった。(注)

 

  風雅ノ道ヲ思ハム學者ハ心シテ讀ムベキ事ニナムアリケル

 

「風雅」と言う言葉で、本居宣長が何を意味していたのか、今の私には、分かる学識は無い。ただ、この著作が、深い学識と洞察力にもとづいた作品である事は、頁を眺めて行くうちに、わたしにもわかった。

 

晩年に近い七十才の良寛が、この作の、何にこころ惹かれ、それを一種の講義の様に、皆に話し、聞かせていたのは、なぜだろう。それが気にかかってしまう。

 

注:『本居宣長全集』筑摩書房・昭和45年9月刊、第五巻432頁

 

(2024年3月1日)