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椿
玉のつゆ ~良寛様の沈黙~(十)   米子市 大原啓道
2025/12/14
広げよう応援の輪

 良寛様は、自然の風物を描かれるときには、よく、短歌や長歌を書かれる。また、世の中や、自分の思念などを述べられるときには、漢詩を用いられるような気がする。

 これまでに、書も、たくさん書かれている。その能筆は、いつの間にか広まっていた。江戸で著名な書の方などが、時に、訪問をしてこられ、お話をされたとも聞いている。それぞれの分野で、当代きっての方々が、わざわざ江戸から、おたずねになるのだから、良寛様が、優れた方であることは、間違いない。

 そんなことばかりではなく、ふつうの童から、たこ上げにするからと、頼まれて、書かれたという「天上大風」なども、よく知られている。わたくしにも、一つ書いていただきたい気持ちが、いつもする。

 良寛様は、普段、そう、おしゃべりは、なさらない。でも、御神酒が入ったときなどは、歌人や、書を、専門にやられている方などのことを、嫌いだと、時に、おっしゃたりする。語気鋭く、いわれるし、普段は、人の悪口など、聞いたことがない方なので、びっくりしたりする。

 あれだけ多面にわたって、何でもこなして、書いておられる良寛様のような方は、そういらっしゃらない。

 不思議に思うのは、円通寺を出られ、故郷の越後へ帰郷されるまでの間の、五六年あまり、何を、しておられたのかは、あまり知られていない。良寛様も、お話にならない。よほど、辛い年月であったのだろう。

 それを、お聞きしたい気持ちにかられることもある。でも、自分からお話にならぬこと、また、書いてもおられぬことを、詮索するのは、控えねばならない。わたくしごときが、そんなことを、おたずねしたとて、何になろう。良寛様が黙しておられるのだから、それでいいのだ。

 それよりも、お書きになった作品を、もっと読み、おたずねしたいことが生じたら、それをお聞きすれば良い。そんな風にこのごろは、考えている。何より、時々、直接、お会い出来たり、お声を聞かせていただけるだけで、幸せなこと。これこそ、わたくしの、今、もっと、大切にしなければならないことだ。これからも、わたくしのできることを、心をこめて、してさしあげればいいのだ。今度は、いつ出かけていこう。

 

「訪れを数えて待てる日々は過ぐ 秋風よ ぬしなる人のたよりはいかに」