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『永平広録』の偈 ~「山居」~ 米子市 大原啓道
2024/01/11
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『永平広録』の偈 ~「山居」~

 

先日、二階の書斎である本を探していた。この書斎、かって、「鳥取県西部地震」の時、めちゃめちゃになり、半年は入る気にならなかった。その後、とりあえず、整理はした。しかし、そのまま乱雑なところもある。だから、探し物も見つけにくい。この日もそうだった。

 

その時、一つの本棚の下に、NHKのテレビのテキストが放置してあった。タイトルは、『道元のことば 〜 正法眼蔵随聞記 ~ (上)』。角田泰隆著。手に取ると、白いほこりが一杯だった。裏を見ると、2008年4月1日 の発行とあった。昔、読んだ記憶は無かった。普通なら、そのままにしておくのだが、そのときは、読んでみたくなった。近年、良寛さんに、親しみ始めていたからだろう。

 

埃を払い、立ち読みすると、何となく、分かり易い語り口で、書いてある文章だった。テレビのセミナーのテキストだからだろう。私は、そのまま階下に持って下りた。探していた本は、やはりなかった。

 

良寛さんを、深く知るには、『正法眼蔵』は、どうしても読まねばならない。来年は、これを、私の親しんで来た僧、内山興正師の解説本で、読もうと思っていた矢先だった。

 

私は、その日の夕方から、このテキストを読み始めた。『随聞記』は、道元の弟子であった懐奘禅師が書き残し、彼の死後、その弟子達が、師の書物の中から見いだし、出版したものだという。そんなことを初めて知った。

 

その他、諸々の事、例えば、若き道元は、当時の宗教界に飽き足らずに、中国まで修行に出かけたこと。そして、中国の地で、私淑した師に出会い、あの、「只管打座」の教えを、その師から承けた事。その他、皆、初めて知りえたことばかりだった。

 

そして、読み進むうちに、『永平広録』の中から、引用がしてある文に出会った。これには感銘した。これこそ、やはり、若き日の良寛さんが歩もうとこころざした道を照らした言葉ではないかと感じた。

 

「山居」と題するものだった。(NHKテキスト41頁より引用)

 

道元禅師に「山居」と題する次の偈頌があります。

 

我愛山時山愛主  我、山を愛する時、山、主を愛す。

石頭大小道何休  石頭、大小の道、何ぞ休せん。

白雲黄葉待時節  白雲黄葉、時節を待つ。

既抛捨来俗九流  既に抛捨し来る、俗の九流。

 

              (『永平広録』第十)

道…言葉。

九流…儒家・道家・陰陽家・法家・名家・墨家・縦横家・雑家・農家の、中国戦国時代以降の九つの学派。さまざまな世間の学問のことをいうか。

 

〈 私が山を大切にすると、山も私を大切にしてくれる。大小の岩や石も休むことなく語りかけてくれる。白い雲や山の木々の移り行きの中で、すでに俗世間の九つの流派の学問などは抛げ捨て、忘れ去ってしまった。〉(引用終わり)

 

こうして、『永平広録』の一端を読んだだけでも、あの五合庵がすぐ浮かんで来た。良寛さんの一生歩んだ姿さえ、文字の向うから彷彿として来た。これこそわが道、と見つけた、良寛の若き日の、震えるような感動が、伝わってくるようでもあった。この書物も、いつか手に入れたいと、思っていたから、こんな所で出会うとは、と言う不思議な気にもなった。

 

このテキストを読み終えた時、次は、やはり、『正法眼蔵』に、チャレンジしてみるしかないという想いがわいている。