孤独な良寛 米子市 大原啓道
2024/03/14
活動レポート
良寛という名前で、わたし達の知っている僧がいる。晩年、托鉢に出れば、待っていた子供たちからは、「良寛さ」と呼ばれていたという。『さ』をつけて呼ぶのは、その地方のいい方であろうが、手毬遊びに興じる良寛は、誰にも親しい。また、現在でも、『良寛さん』と呼ばれ、人々に親しまれる。
なぜ、これほどまでに、現在を生きている人々にも、彼は、したしまれ,又、心をよせられるのであろう。
人が、人に惹き付けられる場合、現実にどこかで出逢い、心動かされる時が確かにある。生身の人間であれ、芸術作品であれ、そういうことは有る。
若き良寛の場合、まず、国仙和尚との出逢いが、まさに、それであった。その後、修行中に出会った、『永平広録』なども、良寛の生涯にとって、決定的な出逢いであった。
孤独な生涯を通した良寛であったが、彼に親しむ人には、けっして孤独感を与えない。そんな点が、現在、孤立とか、孤独を強いられつつある世界に受け入られているのかもしれない。